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信州の山河に抱かれて

科学や文明が進歩しても、人類社会が人の集まりである限り、必ず利害や意見の対立がある。それに対し、政治が結論を出して、社会の方向を定めるという役割はなくならないだろう。

政治の役割は極めて重要だが、有能な人物が政治家になれるとは限らない。国民の投票によって政治家が選ばれるシステムにあっては、集票できる人物であるかどうかが、最優先条件になる。だから、国会議員についていえば、政治家だった親の跡を継ぐ世襲、各種業界に影響力を持つ高級官僚、知名度の高い有名人などが、候補者になりやすい。

しかし、私はまったくゼロから出発した。資金もなく、アピールする肩書もなく、親が政治家だったわけでもない。無名の青年がどうして政治家になったか?『ゼロからの挑戦』の物語を語りたい。

私は1947年、日本の長野県の日本アルプスと呼ばれる高山地帯の麓にある、小さな町で生まれた。日本が第二次世界大戦に敗れ、連合国の占領下におかれて2年目の年だった。

窓を開ければ、3000メートル級の山脈がまじかに見え、夏は涼しいが、冬は厳しい寒さに耐えねばならなかった。冬の朝、目が覚めると、布団の縁が自分の吐く息で凍っていた。夜、水道の水を出し放しにするのを忘れると、水道管の中の水が凍って膨張し、蛇口が破裂して周囲が水浸しになった。

少年時代、日本人の多くは貧しかったが、我が家はとりわけ貧しかった。戦前、東京で貿易会社の社員だった父親は、戦後は故郷に帰り、事業に失敗したあと、教師をしていた。薄給で6人の子供を抱え、小さなバラックのような家で、親子8人肩を寄せ合うようにして暮らしていたのだ。

給食のあった小学校時代はよかったが、中学校では弁当を持っていくことになり、困った。我が家は貧乏だったから、白米節約のため安い麦を混ぜて食べていた。学校へ持っていく弁当も、麦割飯だった。級友にのぞかれてからかわれないよう、弁当を隠しながら食べねばならなかった。体育の授業で使うトレーニングパンツを買うことができず、父親の木綿のズボン下で代用した。

貧乏はつらく、悔しく、悲しいものだが、いいこともある。それは、世の中への関心を促すからだ。なぜ、うちは貧乏なのか?なぜ、この世には金持ちと貧しい人がいるのか?なぜ世界には豊かな国と貧しい国があるのか?

なぜ強い国と弱い国があるのか?この疑問をもつという心は、やがて歴史や自然をはじめ、様々な分野への疑問につながり、私は新聞や本をよく読む少年になった。

中学校の時書いた作文が、まだ手元に残っている。題はなんと「資本主義と社会主義」。

それぞれの功罪を論じている。そして、その際の問題提起と論旨がいまだに色褪せていないことに、我ながら驚く。

科学は大切だ。科学的事実を知ることによって、人間の考え方が変わる。地球が丸いということは、古代ギリシャの学者が数学的にみて地球は丸いと主張したが、その知識が広まり始めたのはわずか500年ほど前からだ。その知識をもとにスペインやポルトガルがいち早く世界の海に乗り出し、大帝国を作り上げた。

一方で、地球は平だと信じる人々が、わずかながら今でもいる。その違いは大きい。科学的事実の認識は、全てのものの見方に影響を及ぼすからだ。

宇宙や人類の起源についての学問が近年、急速に進歩している。138億年前に私たちの宇宙は始まった。ビッグバンと呼ばれる大爆発だ。そして、現在も宇宙は膨張を続け、天体は互いに遠ざかっている。45億年前に地球が誕生し,38億年前に深海で最初の生命、微生物が誕生した。すべての生物の祖先である。

微生物は変化し様々な生物が生まれた。私たち人類が生まれたのはごく最近で、共通の祖先からチンパンジーと別れたのは700万年前である。ちなみに人間とチンパンジーの遺伝子は99%が共通している。

人類が誕生したのはアフリカで、様々な種類の人類がアフリカ以外の地への移動を試み、そして絶滅した。私たち現生人類がアフリカを出発したのは約10万年前で、150人ほどの集団であったと推定されている。何度か絶滅の危機があったが、今日80億人に膨れ上がり全地球でわが物顔で暮らしている。

一言で言ってしまえば、私たちは体毛が薄い、アフリカ原産の裸の猿だ。容貌の差から多種類だと誤解されるが、一種類である。その猿が文明を産み出し、社会や国家という仕組みを発明し、時に争い時に助け合いながら、日々夢と欲望を満たそうとしている。地球があとわずか50億年で消滅することも忘れて。

人類が実は、生物のなかでも濃密な血縁を持つ家族のような集団であることが分かったのは、急激に発達したDNA分析技術に基づく人類学の発展のおかげである。明確な科学的事実の前に、これまでのような推理や夢想が入り込む余地はない。人間とは何か、国家とは何か、人類は改めて自らを振り返ることになる。

即ち、もともと優越した国家や民族など無いと、もともと尊い家系など無いと。すべては歴史のなかでつくられたものだと。

しかし、既存の秩序や国家社会は、私たち人類の日々の生存のために産み出された知恵の結晶であることもまた事実だろう。それらが解消されて世界国家が築かれる時が来るか否か?もし、かのうだとしても気の遠くなるような時間を要するに違いない。

それまで、様々な集団や国家の間で争いが絶えないだろうが、私たち人類が10万年前に少人数でアフリカを出発し、未知の世界に旅立った家族であることを忘れてはならない。

貧しさが、なぜという社会に対する疑問を生み、それがやがて世界の様々なことへの関心につながった。人間にとって、つらいことは成長のための糧になりうるのだ。

中学生時代の成績は良かった。高校進学は地元の高校ではなく、松本市にある県下有数の進学校を受験し合格した。松本地方の各中学のトップクラスが集まる高校だった。親も周囲も、私がやがて有名大学に進学し、人生の出世コースを歩むに違いないと信じて疑わなかった。ところが、そう絵に描いたようにはいかないのが人生の不確かさであり、面白さでもある。