全二十九話の自伝エッセイ「ゼロからの挑戦」を振り返る
この自伝は、信州の山河に育まれた一人の少年が、徒手空拳で政治の世界に挑み、栄光と挫折を経て、なお前を向いて歩き続ける物語である。二十九話にわたる波乱万丈の人生を、五つの主題で振り返る。
長野県大町市の貧しい家庭に生まれ、自然の中で知への渇望を育んだ少年時代。母の教え「人に頼るな、自分の力で生きろ」が、生涯を貫く信条となった。
「貧しさは恥ではない。学ばぬことが恥だ」
横浜市立大学へ進学し、ジャーナリストとして徳間書店で活躍。新宿歌舞伎町での放浪を経て、政治の世界へ身を投じる決意を固めた青年期。
「人生の転機は、自分で作るものだ」
地盤・看板・カバンなし。無名の青年が横浜市議から国政へ。幾多の選挙戦を戦い抜き、衆議院議員として国政の扉を開いた。
「資金もなく、アピールする肩書もなく、親が政治家だったわけでもない。無名の青年がどうして政治家になったか?」
内閣府副大臣として国政の中枢を担い、北海道開発庁では現場主義を貫いた。安倍晋三との深い絆、横浜選挙区離脱の決断、そして議席喪失。それでも支持者は離れなかった。
「人は人生の岐路で、自分で最終決断をして道を選ぶしかない。そしてベストを尽くす。それでいい」
議席を失った後も多彩な活動を展開し、全国の支持者に支えられた。亡き妻・らむとの絆は坂本龍馬とお龍になぞらえられ、「世界中が敵になっても、私だけはあなたについて行く」という伴侶の言葉が人生を照らし続けた。
「栄枯盛衰や結果の如何を問わず、思い切り生きればよい」
米田建三の人生は、「ゼロからの挑戦」という言葉に集約される。地盤も看板もカバンもない青年が、信念と行動力だけを武器に政治の世界を駆け抜けた。その道のりは決して平坦ではなかったが、常に自らの意志で道を選び、全力で歩み続けた。
敵を恐れず自己の主張を貫いたからこそ、熱烈な支持者が生まれた。苦境にあっても手を差し伸べてくれる人々がいた。そして何より、「世界中が敵になっても、私だけはあなたについて行く」と言ってくれた伴侶がいた。
人としての人生は一瞬だ。だからこそ愛しい。栄枯盛衰や結果の如何を問わず、思い切り生きればよい——この言葉は、米田建三という一人の男が、波乱万丈の人生を通じて辿り着いた、揺るぎない真理である。
「私たちの命は宇宙の諸元素から生じ、身が滅びれば宇宙に帰して、また宇宙の万物に輪廻転生する。人としての人生は一瞬だ。だからこそ愛しいではないか」
米田建三「ゼロからの挑戦」第二十九話より