不死鳥のように蘇れ
『アサ芸』には、社員ではないフリーのライターも出入りしていた。編集部として特に力を入れる記事については、筆力があると評判の外部の書き手に記事の原稿の繁を依頼するのだ。担当記者が取材してきたメモや担当記者の元原稿をもとに、完成原稿を書いてもらうのだが、これが実に見事な出来で、さすが筆一本で食べているプロ。ずいぶんと勉強になる。そんなフリーライターの中には、のちに直木賞を取って著名な作家になる人もいた。
記者や外部ライター用の仮眠室には、時折、珍客がいた。ゴウゴウと猛獣のようないびきを立てて寝ているものがいる。たたき起こして部屋から追い出そうと、蚕棚のようなベッドをのぞき込むと、なんと連載執筆中の超売れっ子作家。会社にとってはドル箱だ。ぐっとこらえて轟音を耐え忍ぶことにした。
毎日が面白かった。刺激的だった。しかし、急速に週刊誌の記者であることに疑問を持ち、
仕事への熱が冷めていく出来事があった。
東京の有名大学の学生が、行きつけのスナックで暴行事件を引き起こした。酔って、他の客を殴りつけ怪我をさせたのだ。大衆向け夕刊紙などが、有名大学の学生と愚かな蛮行のアンバランスさに目を付け、面白おかしく書き立てた。わが『アサ芸』も、この事件をさらに深堀すべく出動。私に取材のお鉢が回ってきた。話が単純すぎて面白くないなと思いながらも、上司の命令だから仕方ない。
まずは、その学生が暴れた店を訪ねて、常連客らから、事件当日の様子や、学生の人となりを聞くことにした。店に入り、店主に名刺を差し出す。小さな店で、客はいずれも常連らしい。店主が、客たちに言った。「週刊誌の記者が来たよ!」。こういう場合、面白がってぺらぺら喋る人がいるものだが、皆、押し黙っている。様子が変だ。明らかに私への敵意を感じる。
カウンターに座り、隣の客に、「あの~、例の事件で取材に来たんですが」と切り出すと、
その男はおもむろに口を開いた。
「あんたたちマスコミが面白可笑しく書こうとしているアイツは、本当はとてもいいやつなんだ。有名大学の学生なんてことを鼻にかけず、俺たち下町の人間となじんで、そうすることで何かを学ぼうとするようなひたむきさを感じさせた。それが、なぜあの日暴れたのか?アイツが殴った相手が何を言ったのか?
わからないが、どうしても許せなかったんだろう」
男は続けた。
「記者さんね、人間にはいろんな面があるんだよ。あんたたちは、その一面だけをとらえて面白可笑しく書けば、それで終わり。週刊誌会かい?毎週、他人の人生ドラマをつまみ食いして歩いているんだな。よくも悪くも、生身の人間の人生だぜ。あんたたち自身の人生はどこにあるんだよ。人の人生をつまみ食いして終わりかい?
その男の言うことがすべて正しいとは思わなかった。マスコミ人にはマスコミ人の生きざまと哲学がある。しかし、人の人生つまみ食いという言葉には、いささかこたえた。
愚行とはいえ、自らの肉体を持って行動した男と、それを観察するわたし。行動者と観察者という言葉が頭にこびりついた。