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政治資金という壁

政治活動にはカネがかかる。事務所費、秘書の人件費、車、後援会報やポスターなどの印刷物、選挙区内に多数設置する掲示板、様々な会の会費等々が必要になる。活動費が潤沢であればあるほど活動が活発になり、有権者にアピールできるから、選挙も有利になる。

国会議員の場合、公設秘書の給与など一定の公費負担があるが、活動のすべてを公費で賄うような仕組みではない。まして地方議員には、事務所経費の公費負担などはない。国会、地方を問わず、基本的には政治資金は自己調達である。法令に則って、政治資金即ち寄付を受け取ることのできる団体を結成し、寄付者=スポンサーを募るわけだ。

議員で政治資金を集めることができるのは、国会議員、政令市議員、都道府県議会議員に限定されている。徒手空拳、地盤(後援組織)も看板(肩書、地位)もない私は、何とか自民党公認横浜市会議員候補になったが、日常の活動を支える資金、ましてや選挙本番を賄う資金はなかった。さて、どうしたのか?単に当選したという事実だけではなく、この肝心の問題を語っておかなければなるまい。

力士にはタニマチと呼ばれるスポンサーがいる。芸能人にも後援者がいる。政治家も同じだ。社会的な地位と財力がある人物を会長にすえて、資金集めが目的の経済後援会を作るのが常道だった。

強力な資金団体を作ることができるか否かは、当人が政治家として魅力があるかどうかにかかる。魅力のない人間にはカネは集まらない。当たり前の話だ。政治資金を集めることも政治家の能力の内だ。そして、強力な集金組織を作れば、政治家としての前途が明るくなる。キレイごとではなく、これが現実である。

私は、私と同年輩で著名な若手の横浜経済人に、経済後援会の会長就任を要請することにした。彼は大手鉄道会社を中心とする企業グループ傘下の建設会社専務で、兼横浜支店長であった。そのうえ、この企業グループの創立者が彼の祖父だった。だから、彼は私と同じ30代の若手経済人であるだけでなく、やがてこの企業グループの総帥と目されるホープであった。

このグループの創立者は、私の出身高校が旧制中学だった時代の卒業生で、苦学して東京帝国大学を卒業し官僚になったが、帝国大学へ入る前、学資を貯めるため働いていた時期があり、官僚になったときは同期よりだいぶ歳を食っていた。官僚の世界は年次でランクが上がっていく。彼の出世が年齢からみて遅くなるのは目に見えていた。官僚であったというキャリアだけでいいと、彼はさっさと役人生活に見切りをつけ、当時、東京郊外にたくさんあった私鉄鉄道会社の一つに入社して役員になるや、他社を次々に吸収、大手私鉄を作り上げた。

ある人の紹介でさしであった。世評のとおり、気難しそうな人物であった。ムスッとして黙っている。彼の祖父が田舎の高校の先輩にあたるという話にも、なんの反応も示さない。「ええい!ダメもとだ」と私は心の中で叫んで、政治への情熱をしゃべりまくった。そして、賭けであったが本音を言った。

「当選しても横浜市会議員をいつまでもやるつもりはありません。私はなるべく早く国政に挑戦するつもりです」

目をつぶって聞いていた彼は、私のその言葉で目を見開き答えた。

「気に入った。応援しよう」