東京地検特捜部
衆議院議員に当選までの約3年間の浪人中に事件が起きた。例の湯島グループのMが経済事件の被告として逮捕されたのだ。彼がより扱っていた商品の販売方法に違法性があり、彼が手にした莫大な利益も、違法な商行為の結果だというのだ。事件は大きく報道された。Mは私の有力支援者だっただけに、当然、司直の事情聴取くらいは私も受けることになるだろうと覚悟した。
事件が報道されるようになると、まずは、マスコミの取材が殺到した。早朝、テレビ局の報道部からの電話取材が始まりだった。いちいち相手にしていたら身が持たない。私と妻はホテルに避難した。二人とも冷静だった。Mの会社の様子がおかしいと感じ始めた頃、Mから提供された資金は全額、Mに返してあったからだ。
そういう手を打つことができたのは、亡き妻のおかげである。世間知らずのお嬢さんだった彼女は、私との暮らしのなかで、やりくり上手でしたたかな女房に変身していたのだ。
Mへの返済を決断すると、すぐさま彼女はカネを用意した。私を悩ませないのだ。政治家のような勝負師ともいえる仕事は、どうしても強くて賢明な伴侶が必要である。
やがて、ついに東京地検特捜部から呼び出しが来た。事件の参考人聴取である。弁明に自信はあったが、世の中には冤罪というものがある。参考人としての聴取の途中でいきなり、あらかじめ用意されていた逮捕状が執行されるかもしれない。そうなれば、これまでの苦労はすべて水の泡ではないか。しかし、私も妻も、なぜか冷静だった。
「丸裸の徒手空拳でここまで来たのだ。世襲のお坊ちゃま政治家や金看板の官僚政治家ではない。地べたから這い上がってきた野武士じゃないか。花も嵐も覚悟のうえだ。乗り切って見せる。いや、乗り切れなければ、それも人生」
二人とも、そんな思いだった。
捜査当局は、「米田のような新人に多額の政治資金が提供されるはずはない、米田が所属する派閥が絡んで大金が動き、米田はダミーだ。派閥のボスにも金が流れたに違いない」という見立てをしていたようだ。
私を迎えた若い特捜検事の対応は丁重だった、国政候補者への礼儀だったのだろうか?
しかし、質問は詳細に渡った。まずは私の生い立ちから始まった。なぜ政治家を目指したのか?これまで、どんな人生を歩んで来たのか?やがて、Mとの出会いに話題が及んで行く。東京・湯島の居酒屋常連グループ。米田のファンクラブ。貧しい青春を送ったMや私の夢。単純明快なMとの関係だ。大物のボス政治家なんぞはどこにも登場しない。政治資金も結局は返済されている。
見立てが外れたせいか、検事の表情は少しがっかりしたように見えたが、一方で穏やかで共感めいた表情もうかがえた。やがて、事情聴取が終わった。検事が立ち上がって言った。
「どうぞ、お帰りください。もう二度とお呼びすることはないでしょう。どうか、立派な政治家になってください」
最後の言葉がうれしかった。そうだ、立派な政治家になろう。胸に誓って検察庁を後にした。